黄昏の刻 第15話 |
「心の支え、だろうな」 朝食を食べながら、C.C.は結論を口にした。 「心の支え?」 「そうだ。枢木スザクは10歳という若さで父親を殺害した。その理由は何だった?お前と、ナナリーを守るためだ。その後お前たちとは別れたが、自分が守ったから、二人は生きている。きっと不自由でも幸せに生きていてくれる、という思いがあっただろう。再会した時に、その考えは間違いでなかったことを実感したはずだ。だが今はどうだ?お前を自分の手で殺し、ナナリーだってお世辞にも幸せとはいえない状況だ」 二人を生かしたのは自分だという思いから一転、ルルーシュを殺し、ナナリーを不幸にしたのは自分だという思いに囚われた。 守るべきものを、支えとしていたものを自らの行動によって失ったのだ。 もし、今も心の支えがあったなら。 ルルーシュが生きていて、ナナリーが幸せならば、その道のりがどれほど辛く苦しいものでも、二人のために頑張ろうと思うだろうが、ゼロである今はナナリー個人の幸せを願う事さえ許されない。 「ルルーシュ、お前は王の器を持っていたが、スザクにそれはない。あれは類まれな才能を持つ優秀な騎士だが、王としての資質は低い。誰かの下についてこそ、あいつはその力を発揮できる。つまり」 「分不相応な場所にいることで、スザクに限界が来たとでも?だがあいつは」 「支えがあれば上にも立てるだろう。誰かのために未来を目指す事もできるだろう。だが、ゼロとなったスザクには、何も無い。ナナリーの補佐はしても、彼女だけを守る剣にはなれない。スザクの真価は、多くの民を守る剣ではなく、ただ一人を守る剣であるときに発揮される」 適材適所という言葉で言うならば、今のスザクの地位である仮面の英雄ゼロは、スザクには不向きな場所だ。 守るべき者が世界となると、実感もわかないだろう。 あいつは目に見える者を全力で守るタイプだ。 今までのスザクには常に上司と呼べるものがいた。 特派で言うならばロイドとセシル、そしてシュナイゼル。 主君で言うならばユーフェミア、シャルル、ルルーシュ。 学園も含むならミレイもそうだろう。 常に自分を見ている誰か。 自分のやるべき行動を決めてくれる誰か。 『枢木スザク』は自分で考えるのではなく、常に誰かの指揮下にいた。 だが、『ゼロ』となったことで、自分が全てのトップに立ってしまった。 誰かに頼りたくても頼れない、相談したくても相談できない。 なぜなら、枢木スザクはすでに死に、今いるのは英雄ゼロだから。 英雄ゼロは人を頼ることも、誰かの指揮下に入ることはない。 誰かに導かれる存在ではなく、誰かを導く存在。 『枢木スザク』は、個を守ることに長けた騎士。 『英雄ゼロ』は、個ではなく世界を守り導く指導者。 似ているようで、本質の異なる役目を背負わされた、不安定な存在。 「のしかかる重圧に耐えるためのモノが、今のスザクにはない。だからこそ、既に失った支えであるお前を求める。たとえ幽霊でもお前がいれば、再びお前の騎士としてゼロを演じる事ができる」 誰にも気づかれること無く、騎士に戻れる。 ルルーシュの指示は必要ない。 そこに守るべき主が存在するという事が、スザクには重要なのだ。 「何を勘違いしているかしらないが、スザクに憎まれている俺が支えになどなれるはずがないだろう。・・・だが、お前の仮説が正しいとすれば、原因はナナリーだな。あの子が独り立ちしてしまったことで、スザクは寂しいのだろう」 「おい、本気で言ったのか」 「何がだ?」 「お前を憎・・・いやいい。そうだな、スザクに嫁でもあてがえばいいんじゃないか?」 憎んで恨んでいる相手の名を、縋るように呼び続けるはずがないと言いたい所だが、スザクはルルーシュに対して負の感情しか抱いていないと思っているようだ。 万年筆の奪い合いも、きっと私には解らない結論を出しているに違いない。 「・・・スザクに、嫁、だと・・・」 「ナナリー以外の嫁だぞ」 「・・・くっ」 一瞬シスコンモードに入りかけ、たとえスザクでもナナリーは!と言い出しそうだったので即否定をするが、それはそれで気に入らなかったらしい。 めんどくさい男だ。 ルルーシュの眼鏡にかなう男はスザクしかいないのだから、最悪ナナリーが結婚する時はスザクを夫にとか考えていたに違いない。 「あのさ、勝手に僕のお嫁さんの話とかしないでくれるかな」 声の方を振り返ると、そこには呆れたような顔のスザク。 C.C.の視線からルルーシュの居場所にあたりをつけ、爽やかな笑顔を浮かべた。 「おはよう、ルルーシュ」 「・・・おはよう、スザク」 聞こえないと解っていても、ルルーシュは返事を返した。 「ルルーシュ、ボクもお腹空いた」 「ああ、すぐに用意する。座って待っててくれ」 「うん、判った」 ルルーシュの声など聞こえていないのに、ルルーシュが言うだろう言葉を予想し、返すその姿が・・・非常にうざい。 ルルーシュならこう言うはずだよ、僕は知ってるんだ。とでも言いたげな笑みを浮かべ、こちらを見ているのも非常に腹立たしい。 「C.C.、眉間にしわがよってるよ?」 癖になるよ? 小首を傾げながらさわやかな笑顔を向けてくるスザクに、C.C.の眉間の皺が益々深くなる。寝たことで落ち着いたのはいいが、何事もなかったような顔で、当たり前のように混ざってくるなと言いたくなる。 まずはあれだけ騒いだことも含めて謝れ。 そういう思いも込めて睨むのだが、スザクには暖簾に腕押し状態でスルーされた。 しばらくすると、ルルーシュが料理を運んできた。 スザクから見れば、料理の乗ったお盆が宙に浮いているだけのはずなのに、その視線はしっかりとルルーシュの顔がある場所に向けられている。 ・・・昨日のように、指で窓を作らずにだ。 「うわぁ、美味しそう!」 「俺が作ったんだから当然だ。冷めない内に食べろよ」 「うん、頂きます!」 何度も言うが、スザクにはルルーシュの声は聞こえていない。 そういえば、今日の朝食は和食だったな・・・く、スザクのためか。 具沢山のお味噌汁に口をつけたスザクは、幸せそうに次々と箸を動かした。 そして落とされた爆弾発言に、C.C.は耳を疑った。 C.C.だけではない、ルルーシュも、聞き間違いかと目を瞬かせている。 「・・・ふざけているのかお前」 「ふざけてないよ?僕はもうゼロには戻らない。ルルーシュの側にいる」 スザクは断言すると、ごちそうさまと箸をおいた。 |